帰還悲鳴

2006年03月29日

一年目にして

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映画「HINAMI」上映会

東京、京都とも、無事終了しました。ありがとうございました。

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多様性を内に含む一体感。昨日、ブログに書いたこの言葉が、とてもしっくりきています。書くときにはできるだけ考えず、手に書かせるようにしているのですが、この言葉を書いたときもまさにそうでした。

振り返ってみて、「そうだったのか」と気づく。

「監督」ではなく「コーディネーター」というあり方や、「みんなでつくる」ことを映画制作の過程に放り込むといった発想は、全て「多様性を内に含む一体感」を実現したかったからなんですね。ずっとずっとそう思い続け、ようやくきちんと言葉を与えられた感じです。

HINAMIが動き出してからちょうど一年。

いい気分です。


東京からのコメント、まだまだ行きます!(これまでお寄せいただいたご感想の数々はこちら!)

「[この映画に強引にストーリーをつける]
これから人生を生きようとする子どもが太陽にかざす万華鏡。
これから子どもを生もうとするお腹の大きな母親。

これから生まれる子どもの人生は万華鏡のように千変万化するだろう。
いいこともあれば、わるいこともあるだろう。

そこでは常に人とかかわり合うことになるだろう。
自分を守ってくれる人や、自分が守ろうとする人、
愛する人に愛される人、友だち、ライバル、
仕事で出会う人、街角で出会う人

自分と関わる人を完全に自由に選ぶことはできないが
どう関わっていくかを選ぶことはできる
それによって万華鏡の模様のように自分の人生が変わってくる

目の前の相手にどんなコトバを語るかは
その人との関わり合いを大きく左右する
「デザート食べない」とか「父さんが悪かったよ」とかいった
コトバをどう発するか(発しないか)で万華鏡の模様が大きく変わる

だからいろいろと違った人生を生きる、たがいにほとんど
関係のない人たちの人生は、これから生まれてくる子どもが
生きるかもしれない人生なのかも知れない

そしてその人生は、映画のフィルム切れみたいに
突然どこで終わっても不思議ではない

だから常に後悔しないように自分で何かを選ぶとすれば
いまここで思っていることを、相手にコトバで(あるいは心のこもったモノで)伝えることである。そして最高の最後のメッセージは「もう一度生きたとしても、(目の前の相手と)同じ人生を生きるだろう」。

お母さんの子どもが生まれようとしている」(30代 男性)

HINAMIをより大きく育てるために、あなたのご意見が必要です! コメントに対する再コメントもぜひ。どうぞよろしくお願いいたします。


黒川裕一



at 14:35│Comments(0) 「HINAMI」感想 

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