2005年04月19日

見落としていました

この日誌をアップしようとしたら、なぎささんとキューティブラックさんからのコメントが飛び込んできました。がぜん元気が出てきて、眠かった頭もすっきり。ありがとうございます。

日ごろからお世話になっている方(熊本市在住のお医者さんです)とつい先ほどまで会食させていただき、その席で率直なご助言をいくつも賜りました。

その中のひとつが、脚本および映画の「著作権」について。なるほど、「みんなでアイデアを出す」というボクらのやり方からは、当然この問題が発生するわけです。あいまいにしておくのはフェアではありませんので、直ちに明記し、皆さんのご意見を問うことにいたしました。

(1) このブログ上で交わされた言葉や、集会において出されたアイデアは、「素材」として映画に最大限生かされるが、脚本や映画そのものではない。従って、これらの提供者は「著作権者」にはあたらず、「素材」の提供について一切の報酬を請求する権利を有しない。

(2) 脚本および映画の「著作権者」は、皆様からの「素材」のご提供を当然視すべきではないこと、ならびにこのプロジェクト(映画革命)の究極目的が「熊本を世界一の映画のまちにすること」であることに鑑み、経費差引き後の純利については同目的達成のために使用する義務を負う。

上記のようにさせていただきたいのですが、いかがでしょうか? 

「ご提供いただいたアイデアには著作権が発生しませんが、このプロジェクトの利益は著作権者個人のためでなく目的達成のために使うことをお約束しますのでご理解ください」というお願いだと受け取っていただければ幸いです。言葉が足りていなければ訂正、加筆いたしますので、フィードバックをお願いいたします。

脚本決定まで、あと42日。見落としていたことをご指摘くださる先達の存在がありがたい一日です。

黒川裕一

at 00:19|PermalinkComments(1)著作権 

2005年04月18日

第5回・アイデア出しの集い

脚本決定まで、あと43日。たまりさん、コメントありがとうございます。「このブログは毎回見てはいるものの色々なことを考えさせられ、頭がいっぱいになり、結局何も書かないまま出てしまっていた」とのこと。このブログは思いを分かち合う「場」です。感じたこと、考えたことを、そのまま気軽に書き込んでくださいね。「“Fight Club” をみて出直してきます!」とのことですので、次のコメントを楽しみに待っています。

さて、昨日の「第5回・アイデア出しの集い」はこれまで以上に盛り上がりました。終わった後のワクワク感。「やれる」という確かな感触。みんなで一緒に前に進んでいる実感は本当にいいものですね。

取り組んだのは、「抽象的なテーマを具体的な『設定』にまで落とし込む」こと。例えば、「マルコビッチの穴」。この映画のテーマは「意識」。でも、「意識についての映画です」では、見てもらえなさそうですよね?

そこで、まずはテーマを「問い」(論点)に砕きます。「意識とは何ぞや?」。…まだまだ抽象的。ならば、「『意識=世界』なの?」。…おっと、少しはおもしろくなってきた。「意識と世界は一体? それとも、別々だけどつながってる?」。…ここまで来ると、「設定」に落とし込めそうです。

「もしあるビルの一角がある人の意識と実際につながっていて、その場所を通れば誰でも彼の意識に入り込むことができたら?」

ありえない。でも、気になる。そんな設定ですよね。もちろん、音や映像で「いかに見せるか」は大切。でも、「何を見せるか」こそが映画のおもしろさの上限を決定します。思わず劇場に足を運びたくなるような設定は、その核心。だから、みんなで一丸となって、妥協なく知恵を出し合う。

参加してくださったみなさん、ありがとうございました。1時間半、あっという間でしたね。

次回の「アイデア出しの集い」は、20日(水)午後9時半すぎから11時まで、ギャラリーキムラにて。一緒にワクワクしましょう。そして、トンデモナクおもしろい設定をひねり出しましょう。

メールやブログ上のコメントでのご提案も、もちろん大歓迎です。お待ちしています!

あなたの思いが、映画になる。

黒川裕一


at 02:58|PermalinkComments(2)制作日誌 

2005年04月17日

開放系

あさたろうさん、コメントありがとうございました。発してくださった「『心の痛み』をわかってほしいのか、わかってほしいと思っている自分を受け入れてほしいのか」という問いが、今この瞬間にボクの中で激しく振幅しています。

さて、今回は、三大キーワードの中でただひとつずっと書かずにきた「開放系」に触れます。いくつもの次元や位相で「開放」を試みたいと考えているのですが、そのひとつが「映画の中と外を隔てる境界」を開放すること。イメージは、ベルリンの壁を壊して東西ドイツを自由に行き来できるようにする感じです。

「映画をみる」という体験。登場人物に感情移入する。スケールの大きさに圧倒される。悲劇的な結末に涙する…。しかしそれでも、スクリーンの上で展開するのは、「2次元の世界」のツクリゴト。3次元の「現実」に土足で踏み入ってきてボクらのリアリティを脅かすことはありません。

では、どうすれば?

先駆的な試みは少数ながら既に行われています。ボクがもっとも鮮明に記憶しているのは、 “Fight Club” のエンディング。最後の最後に、ほんの数コマだけある映像が挿入されていたのをおぼえていませんか? あれぞ「開放系」。おぼえておられない方、まだご覧になっておられない方は今すぐビデオ店へ!

脚本決定まであと44日。今日の「アイデア出しの集い」では、切り口をがらりと変えてみようと考えています。結果は明日ご報告しますので、お楽しみに!

黒川裕一

at 11:26|PermalinkComments(3)開放系