2005年04月12日

視覚おそるべし

「アイデア出しの集い」に参加しくださっただいてんさんより、「(「鼻」や「臭覚」から連想を広げようと試みた際に)鼻の形がマクドナルドに似ている、とか。洞窟っぽいとか、形から形へという連想が多かったのですが、それは視覚的な連想のような気もする。視覚おそるべし」とのコメントをいただきました。ありがとうございます。

言うまでもなく、現代は視覚優位の時代。今も、ボクはパソコンのディスプレイを見ながら書いており、五感の残り四つを特に働かせているわけではありません。

しかし、だいてんさんも書いておられる、言葉にすることが難しい、なつかしい「あのにおい」。あるいは、「あの音」。「あの味」。「あの手触り」・・・。それらはときに、目で見た「あの光景」以上に強烈な身体感覚を呼び覚まし、時間も空間も一気に飛び越えて、内なる遠い世界へと連れ戻してくれます。

それを映画でどう表現するか。皆さんと一緒に知恵を出し、試みてみたい。その結果、ボクら現代人の中に視覚以外の感覚がよみがえってきたら、どんなにすばらしいことか。脚本決定まであと49日となった今日、出張先でそんなことを考えています。

黒川裕一

at 10:00|PermalinkComments(3)制作日誌 

2005年04月11日

感動のやってくる場所

いよいよ脚本決定まであと50日。

「体感系」(4月5日)の「ヒトの進化の原点は、感動である」という言葉に関して、一緒に仕事をさせていただいている出版社の方より以下のようなコメントを賜りました。ありがとうございます。

「感動は大切なものであるということ、それが失われている昨今、復古させるべきであるということは私も非常に共感できますが、その『感動』を物語の中で発動させる『装置』をどうするか、ということだと思います」

すなわち、「『逆境を切り開き、それを通して成長する主人公』のようなよくあるパターンの先に、新しい装置はないものか」ということですね。

そうなのです。いわゆる「いい話」は出尽くした感があるのです。「古代ギリシャや中国から、物語の骨組み(構造)などさして変っていない」と指摘する文学者すらいるほどです。

ならば、それ以外の場所に可能性を求めることは出来ないのか?

昨夜の「第3回・アイデア出しの集い」のテーマは「五感・身体・なつかしさ」でした。例えば、かの有名な「私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ」(ジャン・コクトー)。「耳」と「貝の殻」が意識の中で重なり合ったその刹那、海の遠い記憶へと連れ戻されるほどにボクらの身体は鋭敏です。ここに、物語の筋やキャラクターの成長以外の場所からやってくる「感動」の引き金がありはしないか?

「耳」と「貝の殻」を意識の中で重ね合あわせる営み…連想。呼び覚まされる身体感覚…体感3つのキーワードのうちの2つが、こうしてつながります。

では、「開放系」はどこに?

黒川裕一

at 04:06|PermalinkComments(2)制作日誌 

2005年04月10日

音の力

脚本決定まであと51日。あさたろうさんより、「聴覚障害者の方は、ホラー映画を見てもあまり怖さを感じないんだそーな」とコメントをいただきました。ありがとうございます。

ブログやメールでいただいたコメントは、全てボクの「アイデアメモ」に書き込ませていただいています。それらがつながって作品として実を結ぶのを楽しみに、これからも気軽に書き込んでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

あなたの思いが、映画になる。

さて、ホラーに限らず、映画の雰囲気を決定する最大の力は「音」ではないかと、ボクも常々考えてきました。実際、22歳でアメリカに渡ってからしばらくは、音づくりに熱中したものです。当時通っていた大学の音響室にこもり、効果音の編集をしながら何度も夜を明かしました。食べると眠くなるので、炭酸飲料でカロリー補給。作業時間の最長記録は、25時間。しかも、ぶっ続け。今となっては、自分でも破れそうにありません。

これほどボクを魅了した、「音」。映画の雰囲気がこれによって決まるのは、なぜなのでしょうか?

コメントをお待ちしています。

黒川裕一

追伸
バイオグラフィ(生い立ち)を更新しました。ご笑覧ください。

at 07:47|PermalinkComments(5)